11日は休みをもらって兵庫の西宮に施設見学に行ってきました。
とてもワクワク!
普段の仕事の日常を離れ、気分転換も兼ねて県外に行ける事で気持ちもすごく落ち着いていました。
尊敬する先生の紹介で見に行った施設でした。
今年度から私の施設も事業展開して本格的に療育に更に力を入れるということでその為の勉強!
所長さんに話を聞いたり、実際に支援の現場を見せてもらってかなり勉強になりました。
その時、子どもを迎えに来た保護者が
『震度8の地震があって淡路島も津波警報が…』
みたいな話をしていたのをチラッと聞きました。
でも兵庫は特に何もなく、私は岡山に向かいました。
途中乗り継ぎがよく分からなくて道行く人に尋ね、親切でイケメンな人が新神戸の途中まで一緒に行ってくれました♪
私は兵庫に住もうかなと思いました(笑)
でもお兄さんの携帯は、生まれたばかりの赤ちゃんの待受でした。
やはり私は岡山と山口が好きです…(笑)
新神戸もかなりの人に溢れていました。
週末だからか、それとも地震の影響で電車が止まっているのか…特に深くは考えていませんでした。
岡山に着いて佑佳先輩に迎えに来てもらい、今回は初小郷家にお泊りでした☆
家に着いて先輩がご飯を用意してくれてる間に私はあわわさんとテレビを見ていましたが、その時になってようやく事態の深刻さを目の当たりにしました。
テレビに映っていた光景は言葉ではなんと言っていいか分かりません。
大きな波に、次々と流されていく家や車…
『津波』というものを今まで見た事が無かった。
どの番組もそればかり。
でもその時はまだ驚くばかりでそれ以外は何も考えられませんでした。
先輩が言うには
『こんな時、日本って暴動が起こらんよな』
外国では地域によっては物を盗んだり、お店から食料を盗んだり…
でも日本にはそんな事は全く起こりませんね。
12日はバイト時代の後輩に逢ったり、こ翔先輩に逢ったり、綾やトメに逢ったりといつもの生活を楽しみ、山口へ帰りました。
だけど帰ってからも地震の事だらけのテレビ。
どうやら部活の先輩が東北にいるという話を聞いたので、私もすぐに連絡をしてみましたが全く返事が無く、翌日も返事はありませんでした(:_;)
仕事しながらも気になって気になって…
ようやく日曜の夜に返事が来ました!
毎日毎日地震のテレビを見ながら被災者のインタビューを聞き、その度に涙が出てしまいます。
昔、救命病棟24時というドラマの第3シリーズで、東京に大震災が来た設定での内容を観ていましたが、その時の事を思い出しました。
助けを求める親や子どもの泣き叫ぶ声を振り切って消火活動に徹し、精神的に苦しむ消防士の話…
カップ麺やレンジ食品が山ほど届くが、その為の電気や水や火が無い話…
自分の婚約者を目の前で失いながらも人命救助を続ける救命救急医…
ドラマの中だけのはずだった話が今こうして現実に起こっている。
自分が出来る事ってなんだろう…
大切な人を目の前で失った辛さ…
手が届く距離にいたのに助けられなかった辛さ…
誰が明日自分が死ぬと予想しただろうか。
予期せず失われていく命と言葉も交わせず死に別れてしまった家族…
伝えたい思いはもう届かない。
一昨年、この地域でも予期せず大雨による土砂災害で似たような気持ちになったことがある。
老人ホームに暮らす人は家族とも会えないまま、最後のメッセージも伝えられないまま一瞬のうちに命が奪われた。
明日旅行に行くとワクワクしていたかもしれない。
明日告白やプロポーズを決めていたかもしれない。
明日は待ちわびた結婚式だったかもしれない。
明日子どもが生まれる予定だったかもしれない。
明日誕生日だったかもしれない。
明日友達や家族、恋人に謝りたかった人がいるかもしれない。
明日新しい車が届く日だったかもしれない。
明日、マイホームが完成する日だったかもしれない。
明日は孫が会いに来る日だったかもしれない。
明日…
当たり前に来るはずだった明日が地震と津波に全て奪われてしまった。
インタビューを見ていて、私たちが被災者の人の気持ちを分かったつもりになるのはあまりにもおこがましい。
だって私は大切な家族や友達や先輩や後輩は無事だから…。
大切な人を失う辛さを
『想像』は出来ても
『実感』する事は出来ない。
同じ痛みを感じる事は、どうやったって出来ない。
だって、部活の先輩が無事だったって聞いてすごく安心してる自分がいるから。
夫と娘が生き埋めになったと泣く女性
お父さんが見つからないといって
『今までどれだけ幸せな生活だったか思い知った』
と泣きながら話す、まだわずか小学生くらいの女の子
見知らぬ女の子を瓦礫の下から救助しながら
『まだ妻が見つからない』
と話す男性
『とにかく生きていて…ばあちゃんがランドセル買ってやっからよぉ…』
と、春から1年生になるはずの、まだ見つからぬ孫に向かって泣き崩れながらメッセージを話す祖母
『津波が来るからと言ったのに"私は逃げない"と絶対聞かなかった。だから娘だけをとにかく連れて避難したが、結局妻は死んでしまった…あの時もっと強引にでも連れ出していたら…』
と、崩れた家に戻り、妻との思い出のアルバムを泥まみれになりながら探しに来た男性
『長生きなんてしなければ良かった…こんな恐ろしい目に遭うなんて…』
と事態に怯える老人
流された家の中で孤立した家族とその家の中にいる90歳の寝たきりの老人
生後1ヶ月の子どもがいるが、もうミルクが無いと、孤立した家の中から助けを求める母親
ヨボヨボのおばあちゃんが寝たきりのおばあちゃんのベッド介助をする姿
孫を最後まで抱いて必死にかばったまま見つかった祖母と孫の遺体
毎日毎日、そんなインタビューやニュースを見ては泣くしか出来ない。
コンビニで募金をしたってこんなんでいいのかと感じる。
各地域から届くメッセージがどこか他人事に聞こえてしまう。
毎日3食ご飯を満腹食べる事も申し訳ない。
あったかい部屋で毎晩寝る事だって贅沢。
なんだろう…
なんだろう…
考えれば考えるほど分からなくなるし、被災者の方へ向けてメッセージを…ってもし今目の前にマイクを差し出されても、何も言えない。
心ん中の気持ちをピッタリ表せるような言葉を持ち合わせていない。
節水、節電、募金…今すぐ出来る事はそれくらいしか思い浮かばないけど、現地の人が今すぐに欲しがっている物は、連絡手段だったり身内の安否情報だったり…
誰も言わないけど、1番は失われた命かもしれない。
余震はまだまだ続くみたいだし、範囲もどんどん広くなってる。
明日自分が地震に遭わないなんて言いきれない。
もしかしたら1ヶ月も経てば、地震の報道だらけのテレビ番組だっていつもの番組に戻るかもしれない。
関係ない人達の気持ちは薄れるかもしれない。
だけど現地の実態は変わらない、助けを求める人は苦しみ続けるはず…
今すぐ出来る事は何があるかわかんないけど、今の気持ちや意識だけは薄れないように…
私は教科書でしか見た事ないけれど、今の状況はどこか『戦争』にも似てる。
家も命も食料も生活全てが奪われてく。
だけど、日本はそんな時代だって乗り越えて生き延びてきた。
きっとまた復興出来る。
日本人はきっと辛抱強いはず。
もしも自分が被災者だったら…と考えれば、きっと誰にだって出来る事や芽生える想いがある。
今日は山口もチラッと雪が降ったので、東北の方々の寒さ対策が心配です。
ユニクロの社長さんは素晴らしいですね!